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オンスクリーン・テキスト
AMPLIFYING VOICES
監修
アンドレア・テネラーニ(ANDREA TENERANI)
『ICON』編集長
特別ゲスト
シネイド・バーク(SINÉAD BURKE)
インクルーシブ・ファッション・アクティビスト

オンスクリーン・テキスト
ターニャ・コンパス(TANYA COMPAS)
対談
シネイド・バーク(SINÉAD BURKE)

シネイド・バーク:社会運動、アクティビスト、支援やそのための活動などのテーマについて、今日では多くの議論が交わされています。私たちの多くは世界を変革しようという気持ちを持っていますが、それを成し遂げるためにはどうすればよいのでしょうか。しばしば変革は武力や反乱、無政府状態によって達成されると考えられています。変化を生み出すことのできる、積極的でパワフルな方法であることに間違いはないでしょう。本日お招きしているのは、私が長年会ってみたいと願っていた方です。ついにその夢を叶えることができ、非常に楽しみな気持ちでいます。喜びを通じて変化を生み出し、革命を起こすことを目指していらっしゃいます。お会いできて本当にうれしいです。ターニャ・コンパスさんは、公の場とプライベート空間の橋渡しをする活動を行っているアクティビストです。いとも簡単に活動をこなされているように見えるかもしれませんが、もちろん陰での努力の賜物です。ターニャさん、私ではすべて伝えきれないでしょうから、ご自身の性格やご職業について、自己紹介をお願いできますでしょうか。

ターニャ・コンパス:素晴らしいご紹介をありがとうございます。すごく立派な感じがしましたね。改めまして、ターニャ・コンパスです。ユースワーカーとして、クィアな黒人の若者のための活動を行っています。彼らの支援やメンタルサポート、居場所づくりが主な活動内容です。私は子どもの頃、黒人でクィアな人がいるかもしれないと考えたことすらありませんでした。自分がクィアだと気づいたのは20代前半の頃です。成長する過程でクィアな黒人が表舞台に出るのを見たことはなくて、現実と世の中のイメージとの間には大きなギャップがあるのだと気づきました。もし私が若いころにクィアな黒人の姿が世間に発信されていたら、今とは違う在り方ができるのだと知って大きくポジティブな影響を受けていたでしょう。違う生き方があると知ることができたはずです。この思いがきっかけとなり、チャリティ分野での経験を活かして活動を始めました。若者を支援するチャリティに取り組んで7年になります。ブラジルやコロンビア、米国での活動経験もあります。ここ6年間は、英国を拠点として若者の支援に携わってきました。どの活動でも若者について新たに学ぶところが大きいですし、また若者と一緒に活動する中で自分自身についてもさまざまな学びがあります。中でも最大の学びは、コミュニティや血縁ではない家族が喜びや癒しを共有できる空間づくりの重要性です。活動の支援対象となるのは、コミュニティの中でも大きなトラウマを負った人々のグループであることが多いです。大抵の場合、このような人々は原因となった出来事から抜け出せなくなっていて、サイフォンのようにずっとトラウマについての活動や話をし続けることが多くなります。ですが、喜びのための空間、コミュニティのための空間、そして人々の間に本当に人間的なつながりを生み出すための空間からこそ、非常に大きな力を得ることができます。これが、活動を通じた私の目標です。直接顔を見ながらの対話や、若者との1対1でのメンタリング、そして若者のグループを築くこと、さらにソーシャルメディアでの発信も同じくらい大切です。初めて他人にクィアであることを打ち明けるためにSNSを使用する人は多く、またSNSを通じて自分以外のクィアの存在を初めて認識するケースも多いのです。検索やハッシュタグを辿って見つけることができます。私自身、アイデンティティを考え直すときに最初に利用したのはInstagramのハッシュタグでした。確か「クィア 黒人 ロンドン」のような単語で検索したと思います。SNSでのつながりと実際の活動のバランスを保つことが大事だと感じます。私はSNSを使ってオンラインでの存在感をアピールしている一方、現場での活動にもあたっていて、これは非常にうまくいっています。このやり方にたどり着いたのは最近のことで、Exist Loudlyというプログラムの設立によるものです。これは私が起業したクィアな黒人の若者のための団体で、喜びを分かち合えるコミュニティを築く活動を中心としています。ここ1カ月は募金を呼び掛けるため非常に忙しく過ごしていましたが、最終的に11万1千ポンドもの寄付を集めることができました。集まった寄付金はExist Loudlyだけでなく、クィアな黒人やPOC(有色人種)の若者を支援する活動を英国で行う他の5つの団体に分配しました。私はコミュニティに対する支援をしたいので、一人の人間や一つの団体が寄付金を独り占めするべきはないと思ったのです。私たちは皆、クィアな人々や黒人コミュニティ全体を良くしようと動いている仲間なのです。若者たちに語りかけてコミュニティを発展させることと同じくらい、大人に対して働きかけることも重要だと思っています。私を含め、大人たちはグループで活動を行い、自身が所属するコミュニティを育てるよう努めています。そうすることで若者たちへの支援の質が上がり、より大きな影響を与えたり、正しい情報を伝えたりすることができるからです。また、もし若者を他のサービスに紹介する必要がある時、もっと適切な教育を受けていて若者により良い働きかけができる人がいるという時でも、「info@」から始まる機械的なメールではなく「知り合いに助けてくれる人がいるよ。活動内容はこれで、一緒に働いたこともあるから安心して」という伝え方ができます。最近は、クィアな黒人の若者の支援活動が目に見える変化に結びつき始めたと感じているところで、充実したこの期間が長く続くことを願っています。「黒人」そして「クィア」という文脈のいずれでも、「クィアな黒人」の存在が語られることはほとんどありません。特定のコミュニティを語ることには、いまだにさまざまな制約がついて回るからです。今はいろいろな面での進展を目にでき、とても楽しみに過ごしています。話したいことだらけなので、自己紹介は難しいですね。

シネイド・バーク:いえ、素晴らしい自己紹介でしたよ。この質問に対する答えとして、今まで聞いた中でもベストな回答のひとつだったと感じました。ですがここで少し基本的なところに戻りたいと思います。対談をお聴きの皆さんがこのトピックに対して持っている知識や関心の水準は、人によってさまざまだと思いますから。ご自身の経験や現在の活動についての、一般の人向けの啓発活動はターニャさんの役割ではないとは承知していますが、ちょうど最近、うちの夕食の場でこのような話題が持ち上がったのでお話しさせてください。話題になったのは、クィアネス(queerness)とクィア(queer)という言葉についてです。1960~1970年代のイギリスで育った私の父は、「当時、クィアネスやクィアは使ってはいけない単語だった」とコメントしました。私はその時、名詞のクィアネスと形容詞のクィアについて、コミュニティ・オーナーシップの観点から使い方の違いやニュアンスを説明しようとしました。そしてあなたならこうしたニュアンスについて、また、どんな人がその言葉を使えるのか、いつ使えば適切なのかを説明できるかもしれない、またこうしたことにご関心もおありだろうと思ったのです。

ターニャ・コンパス:はい、もちろんです。これは非常に良い疑問ですね。質問の方法もとても上手です。私は最初、クィアという言葉を知りませんでした。バイセクシャルであることをカミングアウトした後に友人からこの言葉を教えてもらい、自分を表すのにぴったりだと感じました。しかしクィアという言葉を使いだしてから、シネイドさんと同様に、夕食の席で家族と議論をしたことがあります。1960~1970年代、そしてそれ以前に子ども時代を過ごしたシネイドさんのお父さんのような方にとって、クィアという単語は今と異なるイメージで使われていました。非常に暴力的な表現だったのです。この言葉が使われるのは、クィアやLGBTQ+の人々が身体的な、あるいは言葉による暴力を受ける時でした。ですから、年配の方は今でも心に傷を負っており、クィアという言葉を自分たちのものとして使うことに強い抵抗感を示す方もいらっしゃるようです。一方で、若いコミュニティはクィアという言葉を自分たちのものとして新しいイメージで使っています。クィアはどちらかというと政治的な表現です。皆それぞれ異なる解釈でクィアという言葉を使っています。私にとって、クィアは流動的な言葉です。LGBTQ+であることに加えて、より多様なアイデンティティを表す言葉です。たとえばインターネットで「LGBT」と画像検索すると、白人のシスジェンダーであるゲイ男性かレズビアン女性が結果の多くを占めます。あるいはフェティッシュな画像が出てくるかもしれませんが、いずれにせよ白人中心のものばかりになる傾向が強いですね。しかしクィアはもっと政治的に使われる性質の言葉なので、「クィア」と画像検索すると黒人、褐色の肌の人、移民や亡命希望者などの画像も含まれるでしょう。政治的な局面で使われるということが、クィアという言葉の特徴です。また自分自身を、いわば自分の生き方を定義する必要のある人々のために、場所を提供する言葉でもあります。クィアという言葉のおかげで自分が存在するための場所を得られたと思います。この言葉のおかげで、自分を表すぴったりの表現を探し求める必要がなくなりました。先ほども言いましたが、クィアの意味は人によって異なります。レズビアンとクィアを同義として使用する人もいます。LGBTQ+コミュニティに対する語として、クィアのコミュニティ全体のことを指して使われる場合が多いですね。特に私の友人は、クィアコミュニティを指して使う人が多いです。ですが、言葉は絶えず変わりゆくものだと覚えておいてください。特にクィアのコミュニティに属する人は、自分や所属するコミュニティを表現するためにより適切な表現を常に求めています。ある時期はぴったりだと感じていた呼称や言葉も、時が経つと違和感を抱くようになることもあります。たとえば誰かがある表現で私のことを表して、それが「クィア」という言葉を聞いたときと同じ感じであれば、その言葉を自分に使うのもやぶさかではありません。ですがそうではない人もいます。誰がその言葉を使うのかが問題ではなく、どういう意図で使っているのかが重要だと思います。たとえばシスジェンダーでストレートの友人との会話で「今夜クィアイベントに参加するんだよね」と言われても、私は平気です。その人に傷つける意図はないですし、私や私のいるコミュニティに対する敵意がないことを知っているからです。私が使う分類に合わせているだけです。ですが、他の人がもし誰かを指さして「あそこにクィア連中がいるぞ」などと言い出したら、嫌な感じがします。言葉に隠れた意図が非常に重要です。もう一つ意識してほしいのは、もしクィアコミュニティに属していない人がこの言葉を使うなら、その言葉で呼ばれた側の人からの批判も受け入れてほしいということです。クィアと表現されることを好まない人に対して、「他の人が皆クィアと自称しているから」という理由で使うべきではありません。その気持ちは分かりますが、どの言葉をどのように使うのか、あるいは使いたくないのか、それを決めるのは呼ぶ側ではなく呼ばれる側です。私が以前登壇したパネルトークでは、パネリストのほとんどが黒人で、観客の大多数が白人のシスジェンダーゲイという構成でした。私がクィアという言葉を発した瞬間、会場が動揺したのが分かりました。クィアという言葉が侮蔑的に使われていた歴史が長かったので、当事者である彼らが動揺するのも頷けます。言葉とは美しいものです。クィアコミュニティを表す言葉や表現は多種多様で、たとえば自身のことを「ダイク(dyke)」と表現するレズビアンは多いです。他の表現より好んで選択しているようです。一方でダイクも侮蔑的な表現として使われていた過去があり、今でもネガティブなニュアンスを含んでいます。ですがここでも、蔑称として使われてきた表現を自分たちのものとして取り返すことで、力強い言葉にしているのです。ですから―

シネイド・バーク:相手の話を聞くことが重要なのですね。

ターニャ・コンパス:まさにその通りです。話を聞くことが重要で―

シネイド・バーク:話を聞くことと、質問をすることが重要な印象を受けました。

ターニャ・コンパス:【新品・未使用】ジョジョの奇妙な冒険 ストーンオーシャン サマンサベガ チャーム

マーライオン様専用先ほどお話した夕食のエピソードで父が聞きたかったのは、「ではどうやって使う言葉を選べばよいのか?」ということでした。「どの言葉を使って呼べばよいのか」という疑問が興味深いのは、私と同様、父自身も障がい者だからです。彼も「小さな人」です。蔑称であった言葉を自分のものにすることや、自分自身を定義するための政治性のある表現の理解について言えば、父も私も必ず好んで使う表現があります。「小さな人」という表現です。「小人(ドワーフ)」という言葉を好む友人もいます。大事なのは、マイノリティ同士やコミュニティ同士のつながりです。互いの価値観が交差する点を見出し、歩み寄るのです。どの言葉で呼ばれたいのか、どの表現なら居心地が良いのか。これらについて当事者に尋ねることで、自身のストーリーを自身のやり方で語ってもらえる契機になります。私とターニャさんが所属するコミュニティはそれぞれ違うものですが、共通の歴史もありますよね。どちらも、自身のストーリーを語る場が与えられることはなかった